+弁護士便り+

ねじの回転 (THE TURN OF THE SCREW)

夏真っ盛りです。
人に勧められてヘンリー・ジェイムス(1843-1916)を最近になって初めて読みました。アメリカの作家です。
楽しみ方その1→暑い夏といえば怪談という意味では幽霊(亡霊)が登場する物語であり,ちょっとした肝試しとして本を読む。
楽しみ方その2→本の描写手法を楽しむ。家庭教師の先生の視座から事実(真理)の一貫した描写が見られるが,周囲の人(たとえば朋輩のグロースさん)から見えている事実(真理)とのギャップが大きい。自分は真実を悟ったが自分の声が他人に届かない。私の世代でいうと,特に無垢に見えるが子供らしくない幼い子供(マイルズ)が登場人物として重要な働きをしていることも手助けして,オーメン(オカルト映画。こちらの子の役名はダミアンでした。養父だけがダミアンの本性を悟るのですが,ラストシーンで警官隊が突入し養父が撃たれてしまいます。)の描写におそらく多大な影響を与えたのではないかと推測してしまえるほどでした。
楽しみ方その3→兄ウィリアム・ジェイムス(1842-1910)との関係を想像してみる。兄ジェイムスは思想家・哲学者でプラグマティズムの主唱者として有名です。ヘンリー・ジェイムスはその弟ということで関心を持って本を読んだのですが,一見すると真理とかけ離れがちな幽霊談を,おそらくはあえて持ち出しつつ,人の意識の本性として生きることの前進・前傾性というか前のめりなさまを作家の立場で弟が兄をフォローしたかなぞったかのような対応ぶりで精密に真理を語ったかのが,まさしくTHE TURN OF THE SCREWというタイトルのようにも感じたのでした。そう,ぼくらはダイバー(KANA-BOON)ということ。「いま,わたしの恐ろしい試練はもちろん,不自然な,不愉快な方向に推し進められてはいるが,しかし結局,ただ一回転(ひねり)すればふつうの人間の美徳に変わるのだから,善い方の状態になるネジの一回転を,わたくしはあくまで追求していくべきだ。」とは,苦境の中で家庭教師の先生がつぶやくセリフです。パース以来,兄ジェイムスが深めた「意識の流れ」という人間の思考の実相をあくまで作家としてわかりやすく引き直しているようにも見えませんか?ジェイムス兄弟の生活歴やタイプの違いなどについて調べる余裕はないことですが,時空を超えて勝手に想像してみました。
夏本番。暑さはまだまだこれからです。楽しんでいきましょう。皆さんお元気で!

2015/08/01(Sat) 15:30:54 

書籍 賃貸住居の法律Q&A(5訂版)

3月末に,東京弁護士会易水会(えきすいかい)編著「賃貸住居の法律Q&A(第5版)」が出版されています。賃貸住居という身近な法律問題について,実務的によく問題となる設例を,近年の動向を踏まえ,数多く取り上げています。

易水会は,昨年90周年を迎え,これを機に改訂が企画されました。初版が70周年の時でしたから,かれこれ20年にわたり改訂を重ねてきた書籍です。私も,易水会の執筆陣132名の一員として拙稿を提供させていただきました。

易水会の名称は,司馬遷の「史記」にある刺客列伝に描かれている一場面に由来します。興味のある方はお時間のあるときに調べてみていただければと思います。

「蒼きパラソルくるくる回すよ」は,藤原伊織氏の「テロリストのパラソル」で優子という登場人物が遺した短歌の一部です。こちらもお勧めの一書です。末尾の解説に,刺客列伝のことが少しだけですが出てきます。




2014/04/26(Sat) 16:15:13 

新しいメンバーを迎えています。

桜が終わりはなみずきがきれいに咲いています。
事務所に新メンバーとして福盛章子(ふくもりあきこ)弁護士が加わり,年初から元気に活躍しています。

“道そのものに尋ね,道そのものを試す”という言葉があります。本歌どりのように聞こえてしまうかもしれませんが,私自身が好きな言葉であり,福盛弁護士に贈りました。弁護士としての道を歩み始めるにあたり,歩み続けながら自分で考え尽くしていくことが大事なことですので,これからの新しい時代に信念と理想を創造しゆく有意な活躍をと,期待します。

私のほうも引き続き大学での企業法演習の講義が4月から始まりました。更に研鑽を重ね,学生に喜んでもらえるよう頑張ります。




2014/04/24(Thu) 18:16:23 

中学生と社会体験

今の中学生のカリキュラムには「社会体験」が組み込まれているようです。というわけで,先日,中学生が当事務所にやってきました。司法修習生や法科大学院生を受け入れてはきましたが,中学生は初めてのことです。
 引き受ける側では何ができるかと考えます。彼らが普段の生活ではなかなか味わえないことをとか,いろいろ考えます。短い期間ではありましたが,普段目にすることのない光景や場面で,また普段交わることのない大人の中で,彼らのまなざしには何がどう映り,感じたのか,結論を急かすことなく,彼らの成長を見守りたいと思いました。
「感染動機」は知識を血肉化させる
宮台真司(14歳からの社会学)を読みながら,私として及ばずながら微力ながらも,何か彼らの内発性に刺激を与えたい,学校のテストで慣れた正解・不正解という思考とは違った何かを与えたい,そんな気持ちで彼らに接する機会になりました。
彼らとの対話は新鮮で驚きや感動があり,勉強になったのは私の方でした。こちらが何かを教えるとか,正解が何かを伝えることは極力避けながら,対話を楽しみました。
最も遠い未来を,あなたの今日の原因としなければならぬ
好きな言葉や大切にしている言葉を教えてくださいと,彼らの質問を受けて応えました。そのまま彼らに送った言葉です。「遠い未来が今日の原因になるって,何か不思議な感じがしない?」「意味はすぐにわからなくていいから,少し考えてみてね。」と添えました。ニーチェという人の言葉なんだということだけは伝えました。それ以上に説明はしませんでした。そう,ツァラトゥストラです。私は,若き彼らに,超人と遠人愛をひそかに伝えるというたくらみに及んだことになります。
「我輩は猫である」の中に「一大巨漢がぬっと立ち上がった。・・・浴場全体がこの男一人になったと思われる程である。超人だ。」という表現があります。映画テルマエロマエでの中で銭湯でお湯の中からザバッと立ち上がった阿部寛のシーン(平たい顔族に囲まれるシーン)を私はどうしても思い出してしまうのですが(映画製作者の意図は違うと思います,念のため。),漱石が超人の意味を理解していないはずがなく,かえっておもしろいと思う箇所です。もちろん,彼らにフィジカル的にそうなってもらいたいと考えたわけではありません。この段落は,寄り道というか,脱線がすぎましたね・・・。
さて,「社会体験」の期間中,法教育センターの中嶋先生,公証人の先生,また関係する事務局の皆様には,本当に親切に,そして温かく見守っていただきました。彼らにとってことのほか貴重な体験となりました。この場を借りて心から御礼申し上げます。
「社会体験」を無事に終え,彼らからお礼の手紙をもらいました。一生懸命書いてくれたんだなと,丁寧に時間をかけて書いたであろう文字を見ただけで,それはすぐに理解できました。これからは彼らとの心の交流とあの時の笑顔が私の大きな支えになりそうです。彼らが無事故で大きく成長していかれることを心から祈りつつ。

2013/06/04(Tue) 14:44:59 

倫理という問題

2012年を迎え,季節は3月となりました。卒業,進学の便りも聞こえてくる季節です。当事務所一同,各人が一層精進し,職務に専念する中で,チームとしての力を結集し,皆様の期待にお応えしてまいります。

さて,昨年の3.11東日本大震災から間もなく1年になろうとしています。昨日の3月4日,津波の被害を受けた石巻市の大川小学校で一周忌法要が営まれたとの報道がありました。同小学校では全校児童の約7割が死亡・行方不明(70人死亡,4人行方不明)となっています。誰もが想像していなかった惨事となりました。子どもたちがどれほど怖い思いをし,水や土砂に揉まれ,吸い込み,どんなに苦しい思いで亡くなったか,幼い命と未来とが成す術もなく奪われた痛ましさ,子を失った家族・遺族の悲痛は,私たち(東京にあって震災による身命に及ぶ打撃を免れた私たち)に,圧倒してあまりある過酷な現実として迫ります。軽々に表現できることではありません。
亡くなった子どもたち,当の家族・遺族という,あえていえばそのような「他者」の存在は,特にそれが報道などで顔,姿,言葉をもって映像として立ち上がるとき,私たちに何を呼び覚まし,もたらすのでしょうか。そこには,「他者」を目の当たりにした私たちの直観的な心情に加え,少なくとも「他者」に対する私たちの責任という「倫理」の問題(他者のためにどのように自分が生きるのかという問題)を提起することになります(「他者」との倫理的な関わりを考えた先哲のひとりがエマニュエル・レヴィナスでした。彼自身,第二次大戦中,ドイツの捕虜となり,後に家族・親族の多くがユダヤ人大量虐殺の犠牲になったことを目の当たりにするという当事者としての過酷な体験を持ちます。)。単に歴史的な出来事とか,災害対策のための用材に消化しきることがないよう,心がけたいと願うものです。

また,東日本大震災に関しては,東電原発事故による放射線被害という問題があります。私も,書店に並んでいる「プロメテウスの罠」朝日新聞特別報道部著を改めて手に取った1人です。放射線被害が深刻化していく経過に何があったのか,ある程度時間を経ることでようやく姿を現す事実や経過もあるかと思います。そのような事実や経過も,単に,歴史化するのでなく,また政治的討論や批評の素材だけにとどめることなく,今後も注意して見ていきたいと思います。それは,おそらく世代間倫理(今の世代の人間には未来の人間に対する義務があるかという問題。現代倫理の1課題であることは,従前から論じられています。),とりわけ放射線被害という資源・環境に関わる問題としての世代間倫理に連関しています。
ちなみに,世代間倫理という点は,その意味を多少敷衍することになりますが,例えば,昨年来のギリシャ危機(国として債務が正常に支払できないデフォルト状態にあると評価されています。)に伴う社会・経済の混乱が,若年世代に新たな貧困層≠生み,すさまじい失業率につながっているという報道などを見ていて,私の中で思い起こさずにはいられない問題のひとつでした。現在の閉塞的な国内の情勢に目を転じても,今後,様々な局面で,議論され得る観点のひとつだと思います。

少々長くなりました。最後になりますが,倫理の問題は,いずれも個人の自由な志向的課題というのが本質だと思います。しかし,自己・他者という文脈は,自己が,他者から見れば,他者に転じ,つまり利用対象となり得るという面があります。個人の自由に本質を持つ倫理という問題を政治利用しようとか統制的に使おうという人たちが目立つことのない日本であり社会であってほしいですね。

2012/03/05(Mon) 17:25:30 

新メンバーを迎えました

さて,2011年がスタートしています。

事務所に昨年末より新メンバーとして嶋崎義久(しまざきよしひさ)弁護士が加わりました。力あふれる若き青年です。
Festina lente≠ニいう言葉があります。ラテン語なのだそうですが,直訳すると急ぎなさい/ゆっくりと≠ニいう意味になります。これから弁護士としてスタートしていくわけですが,背伸びしたり,焦ったりする必要はありません。しかし,決して無為に時を過ごすことなく,人と社会に有意な役割を果たしていくとの気持ちの確かさは大事だと思います。

今後,当事務所の先輩にあたる小西麻美弁護士,事務局一同と力を合わせ,職務に専心してくれることと期待しています。

私自身も改めて初心を思い起こし,新人に負けない気概で一層の精進を期してまいります。
皆様には,本年1年よろしくお願いいたします。

2011/01/08(Sat) 17:57:48 

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